シェソアのフルーツケーキ




ほろほろとくずれるような食感、たっぷりのフルーツの自然な風味、くるみの心地よい歯ざわり、さっと広がっていく口溶けの良さ、最良の発酵バターと国産小麦粉の深い味わいを感じられる、シェソア会心の作、ガトー・シェソア。くるみとレーズンの入ったいわゆるフルーツケーキです。
まだ洋菓子店を開いていなかった頃から、近くの食品店で販売して、以来25年以上続いているシェソア随一のロングセラーでもあり、ベストセラーでもあります。

販売を始めてから25年以上になるのですが、実は白状しますと、最初の10年位はまったく売れませんでした。10年!・・・です。その理由は、このフルーツケーキはしっとりソフトではないからです。日本ではフルーツケーキやパウンドケーキはしっとりソフトなものというイメージが定着していたのに、あえてフランス風のドライな食感にしたからだと思われます。
なにしろ、包丁でスライスするにしても、よほど上手に切らないと少しくずれてしまう位なのですから。

原則的にはフルーツケーキなどをしっとり柔らかく作るには、目を細かくしてあげなければなりません。しかし目を細かくすると口どけが悪くなり、口の中でだんごになったり糊になったりして、風味を充分に感じにくくなってしまいます。
風味を充分に感じさせるには、意識的に目を荒くし、少しハードでドライな食感にして、口どけをよくしてあげる必要があります。つまり、口の中で寄り集まらず、さっと拡散していくことで、より強い風味を感じることができるようになるのです。
もちろん、とびきりのいい材料を使うことが大前提です。粗悪な材料の不快な風味を強く感じることになってはお話になりませんから。

日本では一般的に何でもしっとりした物が好ま
れると言われています。日本人は体質的に唾液の分泌が少ないせいであるとか、小麦文化ではないコメ文化のせいであるとか、言われています。つまり、オーブンでからっと焼いたパンと水で炊いたご飯との文化の違いによる、という指摘なのでしょう。乾燥した大陸性気候と湿度の高い気候との違いにもよるかもしれません。
でも、友人・知人や本などを見渡しても、フランス文化に魅了された人やほんの少しでもフランスで生活したことのある人など、あのさくさくしたタルトやパイ、ドライな食感のパンなどが、皆いちように大好きになってしまっています。日本人なのに例外なくと言っていいくらいです。

そうしてみると日本人の体質論もあやしいものです。人種や国境を越えておいしい物はおいしい、ほんの少しの慣れだけで味覚の世界が、食の楽しみの世界が劇的に広がっていくのだと思われます。
お菓子の味わいも色んな多種多様な味があり、食感もしっとりふわふわなだけでなく、固いもの、柔らかいもの、さくさく、パリパリ、かりかりなど色んな多種多様な楽しみがあります。この「多様性」こそがフランス菓子の、フランス料理の、ひいてはフランス文化の一番の特徴だと言ってもいいでしょう。
昔、ブリヤ・サヴァランという人は新しい味の発見を新しい天体の発見にたとえました。門外漢には天体の発見といわれてもピンときませんが、それほど素晴らしく楽しく感動的だということなのでしょう。
色んな味を知ることによって、食の楽しみの世界が、そして人生の楽しみが、本当に劇的に広がっていくのです。

シェソアのフルーツケーキ、とてつもなく長い年月がかかってしまいましたが、ようやくたくさんのファンができたこと、ありがたく、うれしく思っています。
シェソアのお菓子の中でも最も想いの深いものなので、ガトー・シェソアと名づけました。